西加奈子「i(アイ)」を読んだ

久しぶりに「ああ、すばらしい作品に出会った」と思った。西加奈子さんは、「炎上する君」「うつくしい人」がとてもすばらしく(これについてはまた別に記事を書く)、注目していたのだけども、こうきたか。これは、今、読んでほしい作品だ。

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あらすじ

「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。

アイは1988年にシリアで生まれ、その後、アメリカ人のダニエルと日本人の綾子夫妻の養子になる。小学校卒業まではニューヨーク、その後は東京で生活している。世界で何か悲惨な事件や事故が起こる度に、「どうして私ではなかったのだろう?」とアイは考える。

私も知っている

アイのことが、その思考が、よくわかる。

人から意見を求められて、言うべき自分の意見をもたず、泣き出してしまうアイのことが、とてもよくわかる。私にはこうしたい、という希望は特になかったし、将来の夢も書くことができなくて、まわりを困らせた。アイと、過去の自分とを一緒に抱きしめたくなった。

何年か前に、すぐ近くにとても苦しんでいる人がいた。私は、何も変わらず私がいるだけでその人が救われるのならそれでいいと、思っていた。なるべく、希望は叶えてあげたいと思ったし、私の意見を押し通すのもやめようと思った。けれども同時に、その人のためと思っていたことは、結局私の傲慢だったのではないか?と思うこともあった。苦しいのは本人で、私が悩んだり、苦しむのはお門違いなのに。そう考えるとまた苦しかった。

救いのことば
アイが人生の中で出会う大切な人たちの中に、ミナという女性がいる。彼女はアイを見守りながら、時に鋭い意見をくれる。救いの言葉を投げかけてくれる。

「苦しいって、言っていいんだよ。」(中略)「それってあんたの苦しみなんだから。それに嘘をつく必要なんてない。」(P154)

「誰かのことを思って苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを、大切にすべきだって。」(P157)

苦しいと言えない

自分より苦しんでいる人はたくさんいるのだから、自分は苦しいと言ってはいけない。そう考えている人がいるのなら、この物語を読んでほしい。「辛い」「苦しい」と思うことは、相対的ではなく絶対的なものだ。それをまるごと抱きしめてくれるような、この物語に出会ってほしい。

ちなみに、少し前まで「地味に味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」のドラマを見ていたので、実際にあった事件や人名がでてくる度に「これ、校閲で事実確認したんだろうなあ。大変だっただろうな」と思うとまたそれも感慨深かった。

 

 

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