西 加奈子「舞台」を読んだ

主人公は、完全に自意識をこじらせている。この言葉がこんなにもしっくり人いるだろうか?ってくらい、こじらせている。

今回も西さんはいつも細かいところで、笑わせてくる。ぎゅっと苦しくなるのに、最後には笑えてきて、でもなにかがひっかかったまま、忘れさせてくれない。

あらすじ

太宰治を愛読し、でもそれを人に知られるのが嫌で、ひっそりと読んできた葉太。

葉太はひょんなことから亡くなった父のお金で、ニューヨークに旅に出る。ところが、初日にいきなり災難に見舞われる。すぐに助けを求めればいいのに、まわりの目が気になって行動に移せない。

それをきっかけにして、葉太は坂道を転がるようにおかしくなっていく。

素晴らしきネーミングセンス

「太宰治」など、固有名詞が出てくるのに、急に架空の人物がでてくるのが面白い。たとえば、主人公の好きな作家は、「小紋扇子」。

コモンセンス=常識!自分がまわりからどう見られているか、いつも気にしている主人公は、常識を愛するのだ。しかし、ニューヨークの街で、小紋扇子の本はさっぱり葉太を助けてくれない。

「舞台」というタイトルも完璧だ。舞台は、演技をする場所だ。「演技をしている」ことを「観客=他人」に知られることは、周知の事実だし、それが舞台という場所だ。そこに立っていると気づいた人間の様子はとても不安になるものだけど、自分がどう立ち振る舞っていくか、考えるきっかけになる。

自分の気持ちで景色が変わる

本当の私は、人から見る「私」は、いつだってすこしズレている。でもそういうもんなんだろうとも思う。

作中の『舞台』の帯には、こう書いてある。

誰もが皆、この世界という舞台で、それぞれの役割を演じている。そのことに少なからず、疲弊している。だがやめることは出来ない。舞台は続いてゆくのだ。(本文より)

自意識にがんじがらめになって、苦しい。その苦しみをわかるのは自分だけだ。演じていていいのだ。そう思えたら少し楽になった。助けを求めて何かにすがるのではなく、葛藤しながらも自分と向き合っていくほうが、救われるのかもしれない。

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