文脈を知るということ

人と関わる上で、「文脈を知る」ことはとても大事だと思う。歴史、文化、その他もろもろ。それを知らないと、誰かを傷つけたり、怒らせたり、はたまた自分が恥をかいたりする。

逆に、相手の話す言葉や態度がその人の文化からきていることだと知っていると、自分を守ることにもつながるんじゃないか、ということを考えている。

ベトナム、ハノイのゲストハウスでのこと。

チェックインを終えて、ドミトリーの部屋に入り、私に割り当てられたロッカーに荷物をしまおうとした時だった。金髪ロング癖っ毛の、綺麗というよりは可愛いが似合う、あどけない感じの女の子に声をかけられた。私は当時、21歳かそこらだったので、私の方が年上だろうなと思った。

仲間内でくすくす笑っているのが似合う、思春期特有のなんとなく排他的な空気を持った子だった。彼女は、私に向かって言った。「ラッキー!13だね」それは、それぞれのロッカーに振られた番号のことを指しているようだった。

私はそう言われても、なんのことかわからなかった。「ん?うん?」とよくわからない曖昧な返事をした。よく意味がわからないなりに、彼女の言葉や言い方は湿っぽくてなんだか嫌な感じ、というのは感じ取った。

私にとっては、なんの意味もない、ただの数字だった。でも、後から考えたら「13」という数字は、一部の人にとっては不吉な数字なのだった。私は後から、それに気づいた。ラッキー!というのは、なんという皮肉だろう。

 

会話をするとき、共通の文脈や文化がないと、お互いをほんとうに理解することは難しい。全てを理解することなどできないけれど、前提として「違う」のだということの認識を持っていたいと思う。

2件のコメント

  1. わわ、そんなことがあったんだ。自分でも絶対に反応できないな。
    13日の金曜日だとか言われても、「あ、ほんとだー」で終わる。
    文化の違いには敏感でいたいけど、なかなか難しいよね。
    「13だね。〇〇教だと13じゃなく××が不吉な数字なんだよ」みたいに返ってきたら、
    その子、どんな顔したんだろう。

    1. そうなのよ〜
      自分の世界だけが世界じゃないんだなって思ったな。
      そう言ってもきっと、ぽかんとしただろうな。あの旅が懐かしいです。

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