行き詰まったら吸収するに限る

最近、あまり本が読めていなかった。だけど、急に角田光代さんの旅エッセイが無性に読みたくなって、Kindleで購入した。角田さんの本は大体全部読んでいるので、買ったのは以前読んだことのあるものだったけど、いいのだ。本を読むのは本当に癒し。そこから無関係の別のことを考えたり、思いついたりもするのだから読書ってすごい。

自分のなかで、なにかが溢れる瞬間を感じることがある。水を吸いすぎたスポンジのように、もうこれ以上は無理、というところまでくると溢れ出すのだ。それが起きているのが自分でもわかる時がある。逆にいえば、そこまでいかないと何かを生み出すことはできない。

文章を書くのはほぼ習慣になりつつあるけれど、書けない時もある。そういう時は、たいてい文章のインプットが足りない。何かを読むと、これまで考え途中だったことをより深く考えられたり、何かに気付けたりする。たくさん読んでいると、今度は自分で何かを書きたくなってくる。

たとえば人を好きになるときもそうだ。恋愛だけの話ではなくて、人間関係全般の話。「こういうところ、いいな」「優しくしてくれてうれしい」と人からしてもらったこと、影響を感じ続けていると、私もただただ伝えたくなる。

たとえば英語を学ぶこと。テキストで勉強するとか、映画を観るとか、たくさんインプットをしていると、今度は自分で言葉を発したくなる。英語話したい!私も話したい!使いたい!って思うようになってくる。そこまで行くのはなかなか大変なのだけど、時々、ある。

 

自分の中にあるものだけを表現するのには限界があると思っていて、だからこそ行き詰まったら吸収するに限る。いろんなものを吸収して、吸収して、溢れさせたい。

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