タスマニア入院日記その1

せっかくなので、記録しておきます。その名もタスマニア入院日記!そのまんま!これもきっといつかいい思い出になることでしょう。

1日め

15:30頃

アップルをピッキングしている時に、はしごから落ちた。気づいたときには青い空を地面から見上げていた。右足の様子がおかしい。しびれているような感覚がする。どうやら傾いたはしごから落ちた時に、右足を地面についてしまった模様。一緒に働いていた友達に「あ〜これ、右足、やばいかも」と伝える。幸い、頭を打ったり、足以外にけがはなかった。不幸中の幸い。

16:00

すぐにファームのオーナーが病院に連れていってくれた。ところが、そこは診療所?のようなところで、「今レントゲンが壊れてるんだよね!紹介状書くからそっち行ってくれる?」と言われる。この時点で足首の腫れが尋常じゃないことに。ただの捻挫ではなさそう。

16:30

病院はしご2軒目。レントゲンをいろんな角度から撮ったあと、「これはもっと大きい病院で診てもらったほうがいいですね〜」と言われる。保険入ってる?とも聞かれて、さあっと頭が真っ白に。海外旅行保険はある旨を伝えるものの、それでまかなえるのか、ただただ不安。オーストラリアの医療費って、高額だからな。救急車を呼んだら9万円だよ。

17:30

タスマニアで一番大きなホバートの町へ。病院はしご3軒目。総合病院で、とにかく大きい。やっと正確な?診断が出て、やはり骨が折れているとのこと。くるぶしの内側と外側がいっちゃってるらしい。

18:00

麻酔だか何だかよくわからないけど吸わされて、意識朦朧としているうちに足首の骨を正常な位置に固定する処置がされた。痛い。痛いけど話せない。ていうか朝早起きしてたから、それよりも眠い。寝ちゃおうかな。いやでも、痛い。おいおいおい。目を閉じていたけど、先生たちの会話は聞こえてくる。”Wow,she’s sleeping! What a good patient!” これ、ふつうみんなもっと騒ぐのかな。確かにね。痛いけどね。

その後も、「日本人だから協調性があるのよ」「というか先生の奥さん日本人でしたっけ?」「うん、彼女は半分ジャパニーズだね」「日本はアメイジングだよね〜」って会話を聞いていたらおかしくて、ちょっと笑った。

19:00

手術をしないといけないらしいことがわかり、家族、彼氏、友達、関係各所に連絡をする。何時にやるのかは未定で、ひたすら待つ。初めての点滴開始。

21:00

眠くてうとうとしていても、1時間ごとに血圧を測ったり足の様子をみたりするので、全く寝られない。質問もされるので起きていないといけない。一時的にいろんな症状の人が集まる場所にいたので、がやがやしている。子どもも泣いている。みんないろんな理由で来てるんだな。

この時点で今日は手術できないことが判明。明日の朝と言われる。サンドイッチとティーをもらって久々の食事。意外においしい。

22:00

壁に貼ってある人体図をぼけーっと眺め、考え始めたら止まらなくなった。メルボルンに帰ったら、お気に入りの場所に行っておこうと思っていたし、友達とカフェ巡りしたかったし、ウルルに行こうと思っていたし、というか航空券もとっちゃってるし、パースも行こうと思っていた。でもこの足では、無理だろう。

なーにやってんだろな。こっちに来て仕事もうまくいかなかったし、まだまだ英語だって思うように話せないことも多い。お金もない。全部中途半端だし、悔しい。何も達成できてない。まだ帰りたくない。ぐるぐるぐるぐる止まらなかった。こっそり泣いた。

23:00

しばらく落ち込むと、逆にものすごく日本に帰りたくなってきた。おいしいラーメン食べたい。トンカツ食べたい。刺身食べたい。友達に会いたい。温泉入りたい(しばらく無理)。食べたいものリストを考え、実家でやりたいことリストを考える。

夜中

応急処置室から静かなところへ引っ越し。部屋ではなくて、カーテンで仕切られた簡易的なスペースである。ここでも定期的なチェックのおかげで眠れない。足はそんなに痛くない。

ほとんど寝ることができずに1日め、終了。

 

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